「誰かの困りごとに寄り添うこと」をミッションに、仮想空間を用いたサービスやアプリの開発など行う株式会社Sparkle and(スパークル・アンド)。自らの体験や周囲の人のリアルな声からひらめいた発想を、次々にアプリの形にしているのが代表の猪鹿倉文乃氏だ。仮想空間は世代やジェンダー、ルッキズムを超えて自己表現ができる場だと語る猪鹿倉氏に、これまでの歩みとこれからの展望を伺った。
コロナ禍での体験から生まれたAIチャットアプリ『ポジ子の部屋』
目の前にある社会課題をアプリという形で解決すること。それが私たちの使命です。その1つ『ポジ子の部屋』は、テンションが高めのギャル「ポジ子」が、どんなことを話してもポジティブに返してくれるAIチャットアプリです。日々の生活の中でふと感じる孤独や、心のモヤモヤ。AIだからこそ相手に気兼ねなく、思っていることを素直に伝えられるのではないかと考えて開発したサービスです。
プロンプトと呼ばれるコードの一部には、「ポジティブで相手に寄り添う言葉を、ギャルの言葉で返答する」という指示を埋め込んでいます。それをAIが認識し、命令通りの役割で返答するように設計しています。
このアプリ開発の大きなきっかけとなったのが、コロナ禍でした。2020年に大学に入学した私の大学生活は、入学式も行われず、授業はほぼ全てがオンラインという状況でスタートしました。最初の1年はほとんどキャンパスに行くことができず、そんな中で抑うつや不安症状を抱える学生が増えていると聞きました。実際に私自身も、人と会う機会が制限される中で、暗い気持ちで過ごしていました。
『ポジ子の部屋』は、そんな気持ちを少しでも明るくできないかと考えて開発したアプリです。2022年にLINE版をリリースし、2023年にはiOSアプリとなりました。ユーザーからは「話をしているうちに心が軽くなった」「ポジ子の返答がおもしろくて気分が上がった」などの感想をいただいています。一人暮らしをしている人たちからは「誰とも会話しない日に、ポジ子と話して楽しんでいる」という声もあり、孤独感の解消などに役立っていることを実感しています。
大学の起業支援プログラム参加をきっかけに起業
私が起業に興味を持ち始めたのは、中学生の頃でした。起業に関する本をあれこれ読んでは、夢を描いていました。高校卒業後は、起業家育成に力を入れている近畿大学に進学。大学2年生の時に、近大起業家育成事業「Okonomi(現在は終了)」に参加しました。そこで事業プランを練ったり、経営を学んだりしているうちに、起業がどんどん現実味を帯びていき、3年生だった2022年にアクセラレーションプログラムで最終審査を通過。そこで資金援助をいただき、2023年に法人を設立しました。
当時は、大学生専用イベントアプリの開発と運営での起業を考えていました。コロナ禍で孤立しがちだった学生をつなげることで、孤独感を解消できればという想いでした。本格的に起業が決まってからは、コロナ禍が落ち着き始めたこともあって、事業プランを再構築。改めてヒアリングや実証実験を重ねて、もともと興味を持っていた仮想空間を用いた事業に焦点を定めました。
社名の「Sparkle and」には、さまざまな制約や不自由があったコロナ禍を乗り越えて、「すべての人が幸せで明るい未来が続くように」との願いを込めています。
中高生時代の困りごとから生まれた教育系アプリ
現在、力を入れている事業の1つが、教育系のアプリの開発です。その1つ『AI解説』シリーズは、AIが物理や化学、数学など、理数系の科目の問題解説をしてくれるアプリです。解けない問題をスマホカメラで撮影すれば、AIが分かりやすく解説してくれます。
開発の背景には、私自身が中高生時代に理数系の科目がとても苦手だったこと、そして家庭の事情で塾に通うことができずに苦労して学んだという経験があります。どんな問題でも丁寧に解説してくれて、文字や画像認識の質も高いと好評をいただいているこのアプリは、月額800円。塾や予備校に通うよりも費用をぐんと抑えることができます。
また、『問題作成』シリーズは、自分が必要としている問題をAIが作ってくれるアプリです。苦手分野の問題をもっと解いて練習したい。けれど参考書や問題集では問題数が限られてしまうという、私自身が学生の頃に感じた困りごとから生まれました。
分野や難易度、問題形式、問題数などを指示すれば、自分がその時に必要としている問題を、必要な数だけAIが作成してくれます。分からない問題はAIが解説してくれて、さらにPDF保存や印刷の機能もあるので、学校や塾の先生にも活用されています。現在は数学、英語、化学の3教科が公開されており、他の教科も順にリリースする予定です。
私たちのサービスの原動力は、私自身や周囲の人たちが感じていた『こうだったらいいな』という願い。それは身近な課題でありながら世界共通でもあり、例えば『ポジ子の部屋』は海外のユーザーも多く、英語版も公開しています。また、教育系アプリは欧州の国々でも多く使われているため、今後は多言語での展開を始めたいと考えています。
自分の目の前にある“困りごと”は、実は多くの人が困っていることかもしれない。そんな気持ちを忘れずに、身近な課題を仮想空間やAIの力で解決していきたい。2025年6月10日から16日にかけて、大阪・関西万博の「大阪ヘルスケアパビリオン」にも出展します。これからもさまざまな人の声に耳を傾け、誰もが生きやすい社会に一歩でも近づけるような事業を展開していきたいと考えています。
OIHをこんなふうに活用しました!
2022年にOIH主催の『シリコンバレー流 世界に通じるピッチを学べ!』というワークショップに参加しました。日本ではピッチ資料の中に、売上げ予測などの数値を入れることが多いのですが、アメリカでは根拠のない数値を入れると逆効果。このような日本とアメリカの資料作成や方法の違いなどを具体的に学び、後に参加したアメリカでのプログラムの中で、とても役に立ちました。OIHは一度つながりを持つと、その後もイベントなどの案内をしていただけるのでとてもありがたいです。
2022年3月にオンラインで開催した「シリコンバレー流 世界に通じるピッチを学べ!」では、猪鹿倉氏も最年少で参加。シリコンバレーで活躍するメンター陣からピッチデッキの作り方やグローバルな視座を学んだ。
取材日:2025年4月28日
(取材・文 岩村 彩)




