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日本のファンを世界に広げる、独自のインバウンド事業で、世界企業になる!

須田 健太郎 氏/Kentaro Suda

代表取締役社長
会社名会社名 株式会社フリープラス
ウェブサイトhttps://www.freeplus.co.jp/
事業内容訪日観光事業、ホテルマネジメント事業、観光立国推進事業      

時代、業界に先駆けた独自の訪日観光事業で、業界で大きなアドバンテージを獲得

総務省が発表した訪日外国人の旅行客数データによると、訪日観光客は、2011年から大幅に増加し、2017年には、3000万人に迫る勢いに(出展:観光庁「訪日外国人消費動向調査」及び日本政府観光局(JNTO))。その傾向は、今後も変わらず、2020年には、4000万人規模、2010年には6000万人規模になるとの見解もあるという。
またある数字では、2020年の訪日外国人の旅行消費額は8兆円、2030年では15兆円という莫大な規模の消費が予想されるという、明るい未来が期待できる。
そんな今後も好況なインバウンド市場において、2010年から先駆的に独自の訪日観光事業を展開してきたのが、株式会社フリープラス。起業当初から、団体・個人事業主の旅行会社への訪日観光の卸し、販売を手がけ、急速に成長。その後も訪日観光客増加の波に乗り、2017年には、外国人観光客向け宿泊特化型ホテル「FP HOTELS」を開業、2018年12月には福岡に3棟目もオープンさせた。

「2010年からスタートした訪日観光事業ですが、今現在、年間3000案件、のべ25万泊の実績を誇ります。また取り取り引き国は、38カ国に広がっています。当初は中国、アジア圏の国が中心でしたが、ここ数年の顕著な例として、欧米各国の旅行者が増えており、特に企業の会議や研修旅行を主目的としたMICE需要はかなり増加。今後はこの分野にも、さらに力を入れていくつもりです。ホテルマネジメント事業も好調で、2018年12月に3棟目となる『FP HOTELS 福岡博多キャナルシティ前』をオープン。早くも、注目を集めています」
と同社代表取締役社長・須田健太郎氏が語るように、同社事業は、今もますます拡張し続けている状況だ。今までに無かった独自の訪日観光事業をつくりあげ、今後もさらに発展が期待される同社。その起業のきっかけ、ターニングポイント、そして須田氏が見据える事業・会社の未来に迫ってみた。

 

 

高校時代のサービス業での気づきから、人に価値=幸せを提供することで起業を志す!

「Low Price & Little Luxury」をコンセプトに、価格は、ビジネスホテルクラスでありながら、部屋やエントランス、ロビーなどのデザインは高級感にあふれ、ワンクラス上の快適さも備える。さらに徹底的にこだわった朝食や質の高いサービス等、同社の手がける外国人観光客向け宿泊特化型ホテル『FP HOTELS』は、ホテル業界でも独自の存在感を誇る。2018年12月にオープンした『FP HOTELS 福岡博多キャナルシティ前』では、ホテルのエントランス・チェックインカウンター自体がおしゃれなバーになっていることから、“今までにないホテル”と注目を集めるなど、話題性にも事欠かない。

こうしたホテルマネジメント事業から見えてくるのは、同社事業は、あらゆる点において、“徹底したサービス精神”が根幹となっているということだ。この事業運営の原点とも言えるのが、須田氏の高校時代の体験と気づきにある。
「当時、いつも陽気な中年男性客が、ある日元気がなくて・・・。それでいつもより愛情を込め、満面の笑顔で接客をしました。この時、その人に少し笑顔が戻った気がしたんです」
その時、“今まで自分は、毎日ただハンバーガーを売っていたと思っていたが、今、ハンバーガー以上の価値を提供できたのではないか”という突然の気づきが、サービス業で起業するという目標につながった。

そんな体験の後、進学した大学では、26歳で起業するというマイルストーンを置き、動き出した須田氏。とにかく早く事業を興そうと、大学在学中に当時最新だったガラケー用サービスとして、飲食業関連のクーポンサイトをつくり、営業活動を行った。しかし、実際に企業を訪問しセールスを行う中で、大学生であることが大きな足かせとなり、上手くいかなかったという。
「この時は、“大学に行っている時間がもったいない。早くビジネスの世界に行って、経験を積もう”と考えました。それで大学3年の時に自主退学し、IT企業に就職。事業の元となるお金を3年で1000万円貯めようと決めました。しかし1年で300万円が貯まった時点で、回り道をしている場合じゃないと思って、会社をスパッと退職。2007年、22歳の時に株式会社フリープラスを設立しました」と須田氏は当時を振り返る。

 

 

いち早く世界とつながることで、世界企業になるという目標の実現をめざす

「ビジネスは経験が大事だと思っていましたし、早く事業を立ち上げたいという思いから、最初は前職の経験を活かしてITアウトソーシングサービス事業を開始。翌年には、日本の職人が創るオーダーメイド革靴「AKIZUMI」オンラインストアオープンと、順調に事業を拡大しました。しかし、2008年にリーマンショックが起きて企業の業績が落ち、人材を雇用できない状態となったため、ITアウトソーシング事業が上手くいかなくなっていくことに・・・」

須田氏は、この時の打開策として、新しくSEOサービスを開始。業績を大きく回復させ、すぐさま次の事業の検討を始めたそうだ。新事業において基本としたのは、

“人と人が触れあうことで、みんなが幸せになる事業・サービスであること”
“東京進出ではなく、いきなり世界に飛び出し、世界企業になること”
“これまで先人達が築き上げてきてくれた日本を元気にする事業をしよう”
の3つ。

「起業する前から世界企業をつくるという思いがありましたから、とにかく回り道はしたくなかったんです。そう考えると、東京進出ではなく、海外と直接取引した方が早いんじゃないかと。そんな時に2010年に長年世界第二位を誇った日本のGDPが中国に追い抜かれてしまうということを知りました。正直、先人達、先輩たちに申し訳ないという気持ちがいっぱいで・・・。そこで自分達に何かできることは無いかと思案する中、着目したのが訪日観光事業だったんです」
そうして須田氏は、2010年10月から訪日観光事業を開始。かねてからの、世界企業になるという思いを胸に、一歩を踏み出し、今に至る。

 

 

人と人が触れあう中でみんなを幸せに、そして日本を元気にする事業をこれからも

「 “事業を成功に導いた魔法の一撃みたいなものはありますか?”と、皆さんからよく聞かれるのですが、そんなものはありませんでした。言えるのは、地道にコツコツと中国やアジア圏の国に出向き、営業をしたということが成功につながったということですね」
と須田氏が語るように、訪日観光事業の確立を模索する中では、飛び込みで中国、カンボジア、ベトナムなどの国の旅行会社を訪問しつづけたという。そんな中、中国で「須田さん、あなたの夢を応援したい」という企業と出会い、徐々に案件が広がり、今のような成長を遂げた。

そんな同社は、札幌をはじめ、各地に日本各地で新規展開の準備が進むなど、新たな挑戦も始まっている。『日本を通じて“人生に残る思い出をプレゼントする』という、同社が大切にする経営理念のもと、世界企業になるという目標実現のため、須田氏の挑戦は、留まることなく、続いていく。

 

(取材・文:北川 学)

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