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起業家ライブラリ

奥井 伸輔 氏

最善の医療をすべての人に、AIの力で届ける

医師の臨床現場を支える生成AIの開発

奥井 伸輔 氏

株式会社 Cubec(キューベック)
代表取締役CEO
ウェブサイトhttps://cubec.jp/
事業内容ヘルスケア・医療AIの開発・販売

株式会社Cubec(以下、Cubec)は、大阪府吹田市の国立循環器病研究センター内に拠点を持つスタートアップだ。医師が診療の中で抱く疑問に対し、信頼度の高い情報をワンストップで提供する臨床ナレッジAIアプリをはじめ、ヘルスケアに特化した独自の生成AIを開発している。「その人にとっての最善の医療に、誰もが当たり前にたどり着ける世界をつくりたい」と語る代表の奥井伸輔氏に、起業までの歩みとこれからについて伺った。

医師の臨床疑問に特化することで虚偽情報生成率を低減

日本の地域医療は、高齢化による需要の増加と、労働人口減少による医師不足により、医療崩壊の危機に直面しています。一方で、地域において最初に患者と接する、いわゆる「かかりつけ医」は、自分の専門領域以外の疾患についても重要な診断を迫られる場面が多くあり、そのような中で医師の4人に1人以上が、1日1回以上、Google検索や医学書などで調べ物をしているということが分かっています(自社調べ)。

株式会社 Cubec

私たちの開発する『臨床ナレッジAI“Cubec”』は、医師の疑問に対し、信頼できるエビデンスに基づいた回答を提示するアプリ。医師が疑問を入力すると、AIが入力意図をくみ取り、研究論文などのデータベースの中から情報を探し出し、出典情報とともに回答します。すべての回答に確かな根拠が提示されること、また日常で使うような自然な言葉で入力できることが、大きな強みだと考えています。

株式会社 Cubec

『臨床ナレッジAI“Cubec”』が 症例報告を探すシーン

競合としてベンチマークにしているのは、ChatGPTやGoogle Geminiなど汎用的な生成AIです。これらのサービスの問題点は、情報の信頼性にあります。私たちの開発するAIは、医師の臨床疑問に焦点を絞ることで、ハルシネーション(虚偽情報の生成)率を大幅に低減。テストユーザーの医師たちからも「他の生成AIより信頼性が高く、要点が端的である」という評価をいただいています。

株式会社 Cubec

『臨床ナレッジAI“Cubec”』が 症例報告を探すシーンの回答

2025年秋には、研究論文に加えて診療ガイドラインや添付文書などの情報にも対応できるよう、バージョンアップする予定です。さらには、いわゆる「経験知」に関する学習データの構築も行うことで、対応できる疑問の範囲を広げ、独自のAIモデルとして2026年の実装をめざしています。

気づきと出逢いが起業へと向かわせた

私は大学卒業後、製薬会社の営業・マーケティング職からキャリアをスタートしました。地域医療を担う医師たちと話す中で気づいたこと。それは、どんなに患者を救いたい気持ちはあっても、限られた時間、環境で対応できることには限界があるということでした。

私が注目したのは、一般的に「心不全」と呼ばれる慢性疾患です。高齢化に伴い患者が増える一方で、病型が多様で把握すべき項目が多いため、特に循環器専門医以外の医師とっては診療の負担が大きく、試行錯誤の中で診療にあたっているという現状がありました。

当時、私自身も家族に難病患者を持つ当事者として、治療選択やセルフケアの難しさを痛感していたので、“患者本人の医療リテラシーや、住んでいる場所など環境の違いによって、最適な医療に辿り着けるかどうかが左右されてしまうという課題を解決できないか”と考えるようになりました。

そんな中、ミッションを持って仕事に取り組むことの大切さを教えてくれた製薬会社時代のリーダーとの出逢いから、『最善の医療を、すべての人の手の中に』という言葉が浮かび上がってきました。

それから間もなく、ヘルスケア領域のAIスペシャリストである新井田(現、共同創業者・取締役CAIO)と、国立循環器病研究センターの朔(さく)医師(現、取締役 医学統括)と出逢い、2023年に起業。翌年の2024年8月には同センター発ベンチャーとして認定され、2025年6月に本社を同センター内に移転しました。

自身の実体験と医療現場の現状を課題として感じていた、あの時に浮かんだ言葉、『最善の医療を、すべての人の手の中に』は現在でも、弊社のミッションとして掲げています。

デザイン思考を取り入れた医療機器の開発

現在、Cubec『臨床ナレッジAI』の他に、2つのプロジェクトを進行しています。1つは、AIが心不全患者の診断や治療法を提案する『心不全診療支援AI』、もう1つは、肺高血圧症患者とかかりつけ医、そして専門医の三者をつないで診療を円滑にする『肺高血圧診療支援AI』です。

いずれもAMED(日本医療研究開発機構)に支援をいただき、国立循環器病研究センターをリーダーに、複数の大学や病院と共同研究を進めています。どちらも2029年の医療機器薬事承認取得、2030年の医療機器としての販売開始を目標に定めています。

これらの医療機器開発には、起業前に芸術大学の大学院で学んだ「デザイン思考」という思考法が役立っています。デザイン思考を理解していく中で、“自分がいかに<思い込み>にとらわれているか”を知り、そこから解放されることの難しさを痛感し、ものごとを自分の目や耳で「観察」することの重要性を学びました。そのことから開発のプロセスには、医師の協力の下、医療現場をリアルに「観察」しながら前に進める体制をとっています。

今後、人材不足による医療危機は、日本のみならず他のアジアの国々にも広がっていくことが予想されます。この現状を見据え、海外向けのサービス、また一般生活者のための医療支援サービスの開発も視野に入れています。『すべての人が、その人にとって最善の医療にたどり着ける世界の実現』をめざして、これからもチーム一丸となって開発を進めていきたいと考えています。

OIHをこんなふうに活用しました!

OIHには、資金調達の際に多くの投資家の方々を紹介していただきました。またアクセラレーションプログラム「OSAP」第17期に採択され、事業仮説の検証にあたって複数の関連事業会社の方々をご紹介いただき、ディスカッションの機会を多く得ることができました。さらに「HeCNOS AWARD」を受賞したことをきっかけに、大阪・関西万博に出展。認知度の向上にもつながりました。OIHとのつながりは、私たちの事業を前進させてくれる原動力の1つだと実感しています。

株式会社 Cubec

2025年開催、大阪・関西万博 大阪ヘルスケアパビリオン内での出展時の模様

取材日:2025年7月11日(金)
(取材・文 岩村 彩)

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