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田中 武雄 氏

がん細胞を“兵糧攻め”にするナノデバイスを開発。新たな治療法の確立をめざす

田中 武雄 氏

代表取締役
会社名メディギア・インターナショナル株式会社
ウェブサイトhttps://www.medigear.co.jp/
事業内容IVR(画像下治療)向けを中心とした医療用器材およびシステムの開発・製造・販売など

「患者ファースト」の低侵襲な治療で、世界の“がん難民”を救う

日本人の最大の死亡原因であるがん。治療法の進化に伴って救える命が増えている一方で、体力的・経済的負担の重さや治療の難しさなどから、がん患者のうち2.6%は治療を受けていないという実情がある。その数は、世界では約50万人にものぼる。

“がん難民”と呼ばれるこれらの人々に希望の光を灯すのが、メディギア・インターナショナル株式会社が開発したがん治療用のナノデバイスだ。

がん細胞は増殖する際、自身に栄養と酸素を届ける血管も同時に作り出していく。がん細胞の増殖スピードは猛烈だ。そのため、“突貫工事”が行われる血管には隙間ができてしまい、一定サイズの物質は漏れ出てしまう。この性質を活用するのが同社のシステムである。

同社ではまず、狙ったがん細胞に特異的に届く、すなわち狙った場所でだけ血管から漏れ出すサイズにナノデバイスを調整。さらに、漏れ出したナノデバイスは水を含んでゲル状になり、その場で留まるようにした。

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結果、がん細胞周辺の血管はナノデバイスで包み込まれる。こうすることでがん細胞は栄養と酸素の補給路を絶たれ、やがて死滅していくのだ。

ナノデバイスはカテーテルによってがん細胞付近まで届けられる。そのため、患者の体に負担となる侵襲性は非常に低い。また、薬を用いた治療ではないので、副作用の心配がない。デバイスは植物由来の素材でできおり、生体分解されて体外に排出される。さまざまな面で患者への負担を低減した、「患者ファースト」な治療である点が大きな特長だ。

新規事業の立ち上げ、上場企業へのけん引、シリコンバレーでの起業を経験

メディギア・インターナショナルの創業者であり代表取締役を務める田中武雄氏は大学院を修了後、株式会社神戸製鋼所に就職した。当時としては珍しく、エンジニアでありながら経営にも興味があった田中氏。配属された研究室での仕事だけでは満たされず、「MBAの勉強をしようか」と思っていたという。

転機になったのは、JETROへ出向し、オーストラリア・シドニーで大規模プロジェクトを経験したことだ。自社の技術を活用して新たなビジネスを立ち上げる面白さと出会った田中氏は、帰国後、経営企画室に配属、新規事業を立ち上げる仕事を任された。そこで注目したのが、次の時代の「産業の米」になると期待されていた半導体だ。

「有望分野であっても、他社と同じことをしていては未来はない。そこで私が注目したのが、半導体分野の『困りごと』です。

困りごとの解決策を提供すれば、確かな存在感を発揮できます。そうやってたどりついたのが、精密さが求められる半導体には欠かすことができない、検査技術の確立でした」

この事業は大きな支持を集め、新会社の設立、さらに東証2部上場へと発展していく。田中氏は一連の成長を先頭に立ってけん引し、ビジネスやマネジメントの経験を積んでいった。その後、アメリカへ赴任して再び新規事業の立ち上げを担当。後のハードディスクドライブなどに用いられる磁気メディアの開発で陣頭指揮を取った。

そして1994年に独立。データ圧縮技術をコアビジネスとする会社をシリコンバレーで立ち上げた。

「医療分野とは、超高速検索システムの技術開発に取り組むなかで出会いました。ペタバイト級の大容量データを高速処理するこの技術は、軍事分野が主な活用先でした。

とはいえ、非常にハードルが高いのが軍事分野。この技術を他に活用できないか検討するなかで、医療分野で画像診断の必要性が高まっていることを知り、可能性を感じたのです」

次の時代を具体的にイメージすることで、今すべきことが明確になる

会社員時代から数々のチャレンジを重ねてきた田中氏。その原動力の一つとして、好奇心の旺盛さをあげる。

さっそく医療分野についても情報を集め、専門家からも意見を求めていった田中氏は、画像を用いた診断と治療の間にある溝に気づく。

「現在はMRIやCTなどで撮影した画像を基に診断を行い、診断結果に基づいて手術などの治療を行っています。それに対して、画像を見て診断を行いながら、同時に治療も行うIVRという技術もあります。

患者さんにとっての負担が少ないというメリットがあるIVRは、今後の普及が確実視されています」

田中氏は今、「2033年にIVRが世界で定着する」という未来像を描いている。また、そこに向けた技術の進歩や社会の変化をいくつかのステップに分けて設定している。

「ビジネスの立ち上げや技術開発をしていると、関連しそうな技術やサービスなど、さまざまな情報が耳に入るようになります。

未来を描き、ステップ分けしておくと、『その技術やサービスはどのステップで使えるか』『有効に活用するには、何を改善してもらうべきか。自分たちは何をすべきか』ということがイメージできるようになるんです」

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このように中長期的に将来を見つめ、そこから逆算して現在すべき取り組みを導き出すことは、会社員時代から習慣づいていた考え方だと田中氏は言う。今めざしているナノデバイスの開発は、2033年の治療とモニタリングを統合した、新たな診断システムの確立という目標に向けての第1段階にすぎないのだ。

そしてもう1つ、田中氏ならではの行動力と言えるのが、ナノデバイスの開発にあたって大学院で学び直したことだ。

「ビジネスの経験やナノデバイスでがん細胞を兵糧攻めするというアイデアがあっても、それを具体化するために必要な医療や材料の知識はありませんでした。

『知らないことは勉強しないといけない。勉強するなら適した方法がいい』と考えた結果、大学院で学ぶことにしました」

日本国内ではまだ、社会経験を積んだ人が大学などで学び直すことは決して多くはない。起業も、どちらかと言えば若者によるチャレンジというイメージがある。

しかし田中氏は、「アメリカでは、履歴書に年齢を記入させたらハラスメントですよ」と言って年齢にまつわる不安や先入観を一蹴する。むしろ、年齢を重ねて豊富な経験と人脈を持つことが、大きな強みとなっている。

田中氏の活躍は今後、数多くの“ベテラン社会人”への応援メッセージになるかもしれない。

課題は資金調達。一刻も早く技術を社会に送り出したい

メディギア・インターナショナルの開発するナノデバイスを用いたがん治療は、研究室での効果は確認され、実用化に向けたフェーズへ歩みを進めている。医療機器としての承認をめざしているが、使用方法などは薬に近いため、医薬品医療機器総合機構(PMDA)からは医薬品としての安全性も求められている。

承認に向けた主なポイントとなっているのは、ナノデバイスが標的としたがん細胞以外の場所で悪い働きをしないかという点と、役目を終えたナノデバイスが想定通り生体分解されて体外に排出されるかという点だ。

「これらの安全性試験はお金がかかります。すなわち、私たちのようなスタートアップには一番のハードルになるものです。今、最も大きな課題となっているのは資金調達です」

また、研究室レベルで実現できた効果や安全性を、量産レベルで確保することも実用化に向けて大きな課題になる。この点については、パートナーシップを結ぶ企業が見つかり、生産ラインの立ち上げに向けた検討が始まっていると田中氏は言う。

田中氏

「 私の妻は稀少ガンで、入院して僅か1ヶ月で亡くなりました。ガンとわかったとき、すでに手の施しようがなかった。だからそういう人たちを1人でも多く助けたい。

PMDAも大きな期待を寄せてくれ、『一刻も早く実用化を』と応援してくれています。

従来的な治療と組み合わせることでより大きな効果が得られるとも考えられているので、製薬企業も私たちの活動をサポートしてくれています」

今後、すべてのプロセスが順調に進んだ場合、2022年に人での治験に取り掛かり、2026年に上市の予定だ。世界中のがん難民のために、そしてがん治療で苦しむ患者のQOL向上のために、田中氏は今日も国内外を駆け回っている。

(取材・文:松本 守永)

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