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起業家ライブラリ

大槻 知史 氏

“爺テック”が挑む「AI×見守りサービス」によるヘルスケア市場の新境地

大槻 知史 氏

株式会社きづなろ
代表取締役
ウェブサイトhttp://www.qiznalo.com/
事業内容ぴんぴんセンサーと骨格診断プラットフォームを用いた安否確認、転倒検知、見守り

高齢者にとって「転倒」は、骨折をはじめとした怪我を招くだけでなく、寝たきりを引き起こす要因となることもある。健康寿命の延伸や医療費の抑制が社会的な課題になっている今、転倒の防止や転倒時の素早い対処が持つ意味は非常に大きい。そのため、さまざまな事業者が多種多様な技術とアイデアをもってこの分野に挑戦をしている。AIの活用と関節への注目というユニークな技術で存在感を発揮する株式会社きづなろ(以下、きづなろ)は、 “爺テック(ジィテック)”と自称するシニア年代のエンジニアで構成されるスタートアップだ。代表取締役の大槻知史氏に話を伺った。

画像データ不要。骨格の形状だけから転倒を検知する

一人暮らしの高齢者転倒や体調不良などで動けなくなった時、いち早くこの状況を発見・検知する「見守りサービス」が、きづなろの中核となる事業です。

見守りサービスにはさまざまな方法があります。古くは電気ポットと連動させ、お湯を入れたことを離れた場所にいる家族に通知するものもありました。近年ではカメラやセンサーが用いられるようになっています。これらのサービスには「異常そのものを知らせることはできない」という課題があります。

例えばポットの場合、「長時間にわたってお湯を入れていない」ということがわかるだけで、その理由が急病などの異常によるものなのか、単にお湯を使わないのかまではわかりません。カメラを使った動作解析はその問題を多少は改善できるのですが、今度は「人はプライベートを四六時中見られることを好まない」という課題にぶつかります。

これらの課題を解決するために私たちが特に注目しているのは人の関節です。情報のインプットはカメラで行いますが、関節位置情報だけを抜き出して分析するため、画像そのもののデータは取得しません。これにより、プライバシーへの配慮も可能になります。

株式会社きづなろ

骨格データとは、“人間一人分の関節位置情報の組み合わせ”なのですが、〈転倒〉なのか、あるいは転倒ではなく〈座る〉や〈かがむ〉といった正常な動作なのか、今まで画像や骨格データの形状解析では判別できなかった識別を可能にする、『独自のアルゴリズムを用いてAIが判別する仕組み』を開発しました。AIが異常であると判断した場合、その情報はネットワークを介して見守り者にリアルタイムで伝えることが可能です。

独自のアルゴリズムと安価かつ耐久性に優れたAIボードが強み

元々、私は銀行に勤務していました。学生時代に物理の数理モデルを使って経済を解析する研究をしていたこともあって、担当した業務は金融商品の価格決定。適切な価格を導き出すための数理モデルの研究に取り組んでいました。

その後、万引き防止のカメラシステムの開発に取り組んでいたとき、AIと出会いました。万引き犯の行動パターンを学習させ、リスクの高そうな人を検知するという仕組みです。ちょうどその頃、一人暮らしをしていた母が自宅で転倒し、坐骨骨折という重症を負ったことで、大きな転機を迎えました。

実は当時、高齢の母のことを心配し、警備会社の見守りサービスに加入していました。緊急ボタンがペンダントになっているものでしたが、転倒した際には、ペンダントを身に着けていませんでした。スマートフォンも持ち歩いていなかったため、数時間にわたって放置状態になってしまったのです。

この出来事がきっかけとなり“万引き防止の仕組みを応用して、すぐに異常を知らせることができる見守りの仕組みを作ろう”と決意しました。

株式会社きづなろ

開発の主なポイントは、骨格情報から転倒などの異常を正しく認識することです。骨格情報に着目して姿勢を分析する発想は以前からあったのですが、「転んでいるか、かがんでいるか」という判別が難しかった。この課題を解決するために、独自のアルゴリズムを開発しました。

もう1つは、『私たちの見守りサービスに適したAIボードの開発』です。一般的なカメラに搭載されているAIボードは、高性能かつ高額です。しかし私たちが求めていたのは、機能を必要最小限に抑え込み、省電力・高耐久性・小型・安価という条件を満たすAIボードです。難しい条件だったのですが、世界中から情報を集めたところ、2023年2月に可能性のある技術に出会いました。同年5月には技術開発のめどが立ち、会社設立へと至りました。

若者とは一味違う、「リタイア組」が持つ情熱

私は現在、67歳。きづなろのチームは、私と同年代の人ばかりです。そのため私たちは、当社の技術を『爺テック(じぃテック)』と自称しています。

メンバーは皆、大手企業でエンジニアとして活躍していた経歴を持ちます。なかには特許技術を開発した人もいます。しかし大企業では、必ずしも独自の技術が事業につながるわけではありません。さまざまな事情のため、せっかくの技術が日の目を見ずに悔しい思いをしたという経験を、当社のメンバーは多かれ少なかれ抱えているのです。だからこそ、“今度はやり遂げてやる”という強い気持ちを持っているのが、爺テックです。

株式会社きづなろ

Hack Osaka 2023 – 2nd. Edition –の展示会にて、COOの小太刀氏(右)と

若者とはまた違う情熱があるのです。諦めの悪さというか、粘り強さが私たちの特長かもしれません。“われわれシニアが若者の負担になってはいけない”という責任感のようなものもあります。

若者と同じ土俵で勝負できていることは、私たちにとって大きなやりがいです。ピッチなどでは、若者のプレゼンから大いに刺激を受けています。若い人たちから「すごいですね」と言ってもらえることが、実は大きな喜びであり、モチベーションにもなっているんです。

PHRを活用したサービスへの発展をめざす

現在、開発した技術が想定通りに稼働するか、実証実験を行っています。AIボードも2024年春には完成予定です。いよいよ、サービス開始に向けて動き出すときが来ました。

普及に向けては、「暮らしの安心」を核にして事業展開をする地域のインフラ事業者などとの連携を考えています。働く女性など、親の介護が関心事になるコミュニティとも連携を図っていきたいです。

見守りを通じて蓄積された情報は、パーソナルヘルスレコード(PHR)としてあらゆる分野への連携が可能です。例えば、適切な運動をおすすめしたり、健康に関するサービスや商品の提案へと結びつけたり、日常の行動データから疾病のリスクを算出し、リスクの低い人は生命保険が割り引かれるなど、無限の可能性を秘めています。

画像を用いない当社の技術であれば、個人情報に関する制限が厳しいヨーロッパでも見守りサービスとして展開できますから、さまざまな方面に積極的にチャレンジしていきたいです。

OIHをこんなふうに活用しました!

2023年は、きづなろにとって大きな転機となりました。2月に参加した「Hack Osaka 2023」では、当社独自のAIボードの元になる技術に出会いました。同時に、“ヨーロッパでは見守りサービスにカメラが使えず、代わりに用いているレーザーでは転倒を判別できない”という、海外のニーズを知ることができたのも大きな収穫です。12月には、「ミライノピッチ2023」にも登壇し、OIH賞を受賞しました。

株式会社きづなろ

ミライノピッチ2023では、一般の部にてOIH賞を受賞した

取材日:2024年2月2日
(取材・文 松本守永)

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